家事裁判例

平成2(オ)695号離婚等請求事件

平成2年7月20日最高裁判所第二小法廷


主    文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理    由

 上告代理人大坪憲三、同石川雅康の上告理由について

 所論は、要するに、原審において財産分与の額について被上告人(被控訴人)から不服の申立がないのに、原審が第一審判決を上告人(控訴人)の不利益に変更したのは、民訴法三八五条に規定する不利益変更禁止の原則に反して違法であるというものである。しかしながら、人事訴訟手続法一五条一項の規定により離婚の訴えにおいてする財産分与の申立については、裁判所は申立人の主張に拘束されることなく自らその正当と認めるところに従って分与の有無、その額及び方法を定めるべきものであって、裁判所が申立人の主張を超えて有利に分与の額等を認定しても民訴法一八六条の規定に違反するものではない。したがって、第一審判決が一定の分与の額等を定めたのに対し、申立人の相手方のみが控訴の申立をした場合においても、控訴裁判所が第一審の定めた分与の額等が正当でないと認めたときは、第一審判決を変更して、控訴裁判所の正当とする額等を定めるべきものであり、この場合には、いわゆる不利益変更禁止の原則の適用はないものと解するのが相当である。原判決に所論の違法はなく、右違法のあることを前提とする所論違憲の主張は、その前提を欠く。論旨は、独自の見解に基づいて原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。

 同第二点について

 所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、原審の専権に属する事実の認定を非難するか、又は独自の見解に基づいて原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。

よって、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

平成27年(許)第11号 遺産分割審判に対する抗告棄却決定に対する許可抗告事件

平成28年12月19日 大法廷決定

主 文

原決定を破棄する。

本件を大阪高等裁判所に差し戻す。

理 由

抗告代理人久保井一匡ほかの抗告理由について

1 本件は,Aの共同相続人である抗告人と相手方との間におけるAの遺産の分割申立て事件である。

2 原審の確定した事実関係の概要等は,次のとおりである。

(1) 抗告人は,Aの弟の子であり,Aの養子である。相手方は,Aの妹でありAと養子縁組をしたB(平成14年死亡)の子である。

(2) Aは,平成24年3月▲日に死亡した。Aの法定相続人は,抗告人及び相手方である。

(3) Aは,原々審判別紙遺産目録記載の不動産(価額は合計258万1995円。以下「本件不動産」という。)のほかに,別紙預貯金目録記載の預貯金債権(以下「本件預貯金」と総称する。)を有していた。抗告人と相手方との間で本件預貯金を遺産分割の対象に含める合意はされていない。Bは,Aから約5500万円の贈与を受けており,これは相手方の特別受益に当たる。

3 原審は,上記事実関係等の下において,本件預貯金は,相続開始と同時に当然に相続人が相続分に応じて分割取得し,相続人全員の合意がない限り遺産分割の対象とならないなどとした上で,抗告人が本件不動産を取得すべきものとした。

4 しかしながら,原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。

(1) 相続人が数人ある場合,各共同相続人は,相続開始の時から被相続人の権利義務を承継するが,相続開始とともに共同相続人の共有に属することとなる相続財産については,相続分に応じた共有関係の解消をする手続を経ることとなる(民法896条,898条,899条)。そして,この場合の共有が基本的には同法249条以下に規定する共有と性質を異にするものでないとはいえ(最高裁昭和28年(オ)第163号同30年5月31日第三小法廷判決・民集9巻6号793頁参照),この共有関係を協議によらずに解消するには,通常の共有物分割訴訟ではなく,遺産全体の価値を総合的に把握し,各共同相続人の事情を考慮して行うべく特別に設けられた裁判手続である遺産分割審判(同法906条,907条2項)によるべきものとされており(最高裁昭和47年(オ)第121号同50年11月7日第二小法廷判決・民集29巻10号1525頁参照),また,その手続において基準となる相続分は,特別受益等を考慮して定められる具体的相続分である(同法903条から904条の2まで)。このように,遺産分割の仕組みは,被相続人の権利義務の承継に当たり共同相続人間の実質的公平を図ることを旨とするものであることから,一般的には,遺産分割においては被相続人の財産をできる限り幅広く対象とすることが望ましく,また,遺産分割手続を行う実務上の観点からは,現金のように,評価についての不確定要素が少なく,具体的な遺産分割の方法を定めるに当たっての調整に資する財産を遺産分割の対象とすることに対する要請も広く存在することがうかがわれる。

ところで,具体的な遺産分割の方法を定めるに当たっての調整に資する財産であるという点においては,本件で問題とされている預貯金が現金に近いものとして想起される。預貯金契約は,消費寄託の性質を有するものであるが,預貯金契約に基づいて金融機関の処理すべき事務には,預貯金の返還だけでなく,振込入金の受入れ,各種料金の自動支払,定期預金の自動継続処理等,委任事務ないし準委任事務の性質を有するものも多く含まれている(最高裁平成19年(受)第1919号同21年1月22日第一小法廷判決・民集63巻1号228頁参照)。そして,これを前提として,普通預金口座等が賃金や各種年金給付等の受領のために一般的に利用されるほか,公共料金やクレジットカード等の支払のための口座振替が広く利用され,定期預金等についても総合口座取引において当座貸越の担保とされるなど,預貯金は決済手段としての性格を強めてきている。また,一般的な預貯金については,預金保険等によって一定額の元本及びこれに対応する利息の支払が担保されている上(預金保険法第3章第3節等),その払戻手続は簡易であって,金融機関が預金者に対して預貯金口座の取引経過を開示すべき義務を負うこと(前掲最高裁平成21年1月22日第一小法廷判決参照)などから預貯金債権の存否及びその額が争われる事態は多くなく,預貯金債権を細分化してもこれによりその価値が低下することはないと考えられる。このようなことから,預貯金は,預金者においても,確実かつ簡易に換価することができるという点で現金との差をそれほど意識させない財産であると受け止められているといえる。共同相続の場合において,一般の可分債権が相続開始と同時に当然に相続分に応じて分割されるという理解を前提としながら,遺産分割手続の当事者の同意を得て預貯金債権を遺産分割の対象とするという運用が実務上広く行われてきているが,これも,以上のような事情を背景とするものであると解される。

(2) そこで,以上のような観点を踏まえて,改めて本件預貯金の内容及び性質を子細にみつつ,相続人全員の合意の有無にかかわらずこれを遺産分割の対象とすることができるか否かにつき検討する。

ア まず,別紙預貯金目録記載1から3まで,5及び6の各預貯金債権について検討する。

普通預金契約及び通常貯金契約は,一旦契約を締結して口座を開設すると,以後預金者がいつでも自由に預入れや払戻しをすることができる継続的取引契約であり,口座に入金が行われるたびにその額についての消費寄託契約が成立するが,その結果発生した預貯金債権は,口座の既存の預貯金債権と合算され,1個の預貯金債権として扱われるものである。また,普通預金契約及び通常貯金契約は預貯金残高が零になっても存続し,その後に入金が行われれば入金額相当の預貯金債権が発生する。このように,普通預金債権及び通常貯金債権は,いずれも,1個の債権として同一性を保持しながら,常にその残高が変動し得るものである。そして,この理は,預金者が死亡した場合においても異ならないというべきである。すなわち,預金者が死亡することにより,普通預金債権及び通常貯金債権は共同相続人全員に帰属するに至るところ,その帰属の態様について検討すると,上記各債権は,口座において管理されており,預貯金契約上の地位を準共有する共同相続人が全員で預貯金契約を解約しない限り,同一性を保持しながら常にその残高が変動し得るものとして存在し,各共同相続人に確定額の債権として分割されることはないと解される。そして,相続開始時における各共同相続人の法定相続分相当額を算定することはできるが,預貯金契約が終了していない以上,その額は観念的なものにすぎないというべきである。預貯金債権が相続開始時の残高に基づいて当然に相続分に応じて分割され,その後口座に入金が行われるたびに,各共同相続人に分割されて帰属した既存の残高に,入金額を相続分に応じて分割した額を合算した預貯金債権が成立すると解することは,預貯金契約の当事者に煩雑な計算を強いるものであり,その合理的意思にも反するとすらいえよう。

イ 次に,別紙預貯金目録記載4の定期貯金債権について検討する。定期貯金の前身である定期郵便貯金につき,郵便貯金法は,一定の預入期間を定め,その期間内には払戻しをしない条件で一定の金額を一時に預入するものと定め(7条1項4号),原則として預入期間が経過した後でなければ貯金を払い戻すことができず,例外的に預入期間内に貯金を払い戻すことができる場合には一部払戻しの取扱いをしないものと定めている(59条,45条1項,2項)。同法が定期郵便貯金について上記のようにその分割払戻しを制限する趣旨は,定額郵便貯金や銀行等民間金融機関で取り扱われている定期預金と同様に,多数の預金者を対象とした大量の事務処理を迅速かつ画一的に処理する必要上,貯金の管理を容易にして,定期郵便貯金に係る事務の定型化,簡素化を図ることにあるものと解される。郵政民営化法の施行により,日本郵政公社は解散し,その行っていた銀行業務は株式会社ゆうちょ銀行に承継された。ゆうちょ銀行は,通常貯金,定額貯金等のほかに定期貯金を受け入れているところ,その基本的内容が定期郵便貯金と異なるものであることはうかがわれないから,定期貯金についても,定期郵便貯金と同様の趣旨で,契約上その分割払戻しが制限されているものと解される。そして,定期貯金の利率が通常貯金のそれよりも高いことは公知の事実であるところ,上記の制限は,預入期間内には払戻しをしないという条件と共に定期貯金の利率が高いことの前提となっており,単なる特約ではなく定期貯金契約の要素というべきである。しかるに,定期貯金債権が相続により分割されると解すると,それに応じた利子を含めた債権額の計算が必要になる事態を生じかねず,定期貯金に係る事務の定型化,簡素化を図るという趣旨に反する。他方,仮に同債権が相続により分割されると解したとしても,同債権には上記の制限がある以上,共同相続人は共同して全額の払戻しを求めざるを得ず,単独でこれを行使する余地はないのであるから,そのように解する意義は乏しい。

ウ 前記(1)に示された預貯金一般の性格等を踏まえつつ以上のような各種預貯金債権の内容及び性質をみると,共同相続された普通預金債権,通常貯金債権及び定期貯金債権は,いずれも,相続開始と同時に当然に相続分に応じて分割されることはなく,遺産分割の対象となるものと解するのが相当である。

(3) 以上説示するところに従い,最高裁平成15年(受)第670号同16年4月20日第三小法廷判決・裁判集民事214号13頁その他上記見解と異なる当裁判所の判例は,いずれも変更すべきである。

5 以上によれば,本件預貯金が遺産分割の対象とならないとした原審の判断には,裁判に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は,この趣旨をいうものとして理由があり,原決定は破棄を免れない。そして,更に審理を尽くさせるため,本件を原審に差し戻すこととする。よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり決定する。なお,裁判官岡部喜代子の補足意見,裁判官大谷剛彦,同小貫芳信,同山崎敏充,同小池裕,同木澤克之の補足意見,裁判官鬼丸かおる,同木内道祥の各補足意見,裁判官大橋正春の意見がある(以下、省略)

令和元年(許)第16号 財産分与審判に対する抗告審の変更決定に対する許可抗

告事件

令和2年8月6日 第一小法廷決定


主 文

原決定を破棄する。

本件を東京高等裁判所に差し戻す。

理 由

抗告代理人橘高真佐美,同李世燦の抗告理由について

1 記録によれば,本件の経緯は次のとおりである。

(1) 抗告人と相手方は,平成12年に婚姻したが,平成29年に離婚した。

(2) 抗告人と相手方が,婚姻中にその協力によって得た財産として,抗告人名義の原々審判別紙物件目録記載2の建物(以下「本件建物」という。)等があり,本件建物は現在相手方が占有している。

2 本件は,抗告人が,相手方に対し,財産の分与に関する処分の審判(以下「財産分与の審判」という。)を申し立てた事案である。家庭裁判所が,家事事件手続法154条2項4号に基づき,相手方に対し,抗告人に本件建物を明け渡すよう命ずることができるか否かが争われている。

3 原審は,抗告人名義の本件建物等の財産を相手方に分与しないものと判断した上で,抗告人に対し相手方への209万9341円の支払を命じたが,要旨次のとおり判断して,家事事件手続法154条2項4号に基づき相手方に対し抗告人への本件建物の明渡しを命ずることはしなかった。財産分与の審判において,当事者双方がその協力によって得た一方当事者の所有名義の不動産を他方当事者が占有する場合に当該不動産を当該他方当事者に分与しないものとされたときは,当該一方当事者が当該他方当事者に対し当該不動産の明渡しを求める請求は,所有権に基づくものとして民事訴訟の手続において審理判断されるべきものであり,家庭裁判所は,家事審判の手続において上記明渡しを命ずることはできない。

4 しかしながら,原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。

財産分与の審判において,家庭裁判所は,当事者双方がその協力によって得た財産の額その他一切の事情を考慮して,分与をさせるべきかどうか並びに分与の額及び方法を定めることとされている(民法768条3項)。もっとも,財産分与の審判がこれらの事項を定めるものにとどまるとすると,当事者は,財産分与の審判の内容に沿った権利関係を実現するため,審判後に改めて給付を求める訴えを提起する等の手続をとらなければならないこととなる。そこで,家事事件手続法154条2項4号は,このような迂遠な手続を避け,財産分与の審判を実効的なものとする趣旨から,家庭裁判所は,財産分与の審判において,当事者に対し,上記権利関係を実現するために必要な給付を命ずることができることとしたものと解される。そして,同号は,財産分与の審判の内容と当該審判において命ずることができる給付との関係について特段の限定をしていないところ,家庭裁判所は,財産分与の審判において,当事者双方がその協力によって得た一方当事者の所有名義の財産につき,他方当事者に分与する場合はもとより,分与しないものと判断した場合であっても,その判断に沿った権利関係を実現するため,必要な給付を命ずることができると解することが上記の趣旨にかなうというべきである。そうすると,家庭裁判所は,財産分与の審判において,当事者双方がその協力によって得た一方当事者の所有名義の不動産であって他方当事者が占有するものにつき,当該他方当事者に分与しないものと判断した場合,その判断に沿った権利関係を実現するため必要と認めるときは,家事事件手続法154条2項4号に基づき,当該他方当事者に対し,当該一方当事者にこれを明け渡すよう命ずることができると解するのが相当である。

5 以上と異なる原審の判断には,裁判に影響を及ぼすことが明らかな法令の違

反がある。論旨はこの趣旨をいうものとして理由があり,原決定は破棄を免れない。そして,更に審理を尽くさせるため,本件を原審に差し戻すこととする。

よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり決定する。

平成31年(受)第427号,第428号 遺言無効確認請求本訴,死因贈与契

約存在確認等請求反訴事件

令和3年1月18日 第一小法廷判決


主 文

原判決を破棄する。

本件を名古屋高等裁判所に差し戻す。

理 由

平成31年(受)第427号上告代理人菊地隆太ほかの上告受理申立て理由及び同第428号上告代理人後藤武夫ほかの上告受理申立て理由(ただし,いずれも排除された部分を除く。)について

1 本件の本訴請求は,亡Aが作成した平成27年4月13日付け自筆証書(以下「本件遺言書」という。)による遺言(以下「本件遺言」という。)について,被上告人らが,本件遺言書に本件遺言が成立した日と相違する日の日付が記載されているなどと主張して,上告人らに対し,本件遺言が無効であることの確認等を求めるものである。

2 原審の確定した事実関係の概要は,次のとおりである。

(1) 被上告人らはAの妻であるX1及び同人とAとの間の子らであり,平成31年(受)第428号上告人ら(以下「上告人Y2ら」という。)はAの内縁の妻であるY2及び同人とAとの間の子らである。

(2) Aは,平成27年4月13日,入院先の病院において,本件遺言の全文,同日の日付及び氏名を自書し,退院して9日後の同年5月10日,弁護士の立会いの下,押印した。本件遺言の内容は,第1審判決別紙遺産目録記載の財産を上告人Y2らに遺贈し,又は相続させるなどというものであった。

(3) Aは,平成27年5月13日,死亡した。

3 原審は,上記事実関係の下において,次のとおり判断して,被上告人らの本訴請求を認容すべきものとした。自筆証書によって遺言をするには,真実遺言が成立した日の日付を記載しなければならず,本件遺言書には押印がされた平成27年5月10日の日付を記載すべきであった。自筆証書である遺言書に記載された日付が真実遺言が成立した日の日付と相違しても,その記載された日付が誤記であること及び真実遺言が成立した日が上記遺言書の記載その他から容易に判明する場合には,上記の日付の誤りは遺言を無効とするものではないと解されるが,Aが本件遺言書に「平成27年5月10日」と記載する積もりで誤って「平成27年4月13日」と記載したとは認められず,また,真実遺言が成立した日が本件遺言書の記載その他から容易に判明するともいえない。よって,本件遺言は,本件遺言書に真実遺言が成立した日と相違する日の日付が記載されているから無効である。

4 しかしながら,本件遺言を無効とした原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。自筆証書によって遺言をするには,真実遺言が成立した日の日付を記載しなければならないと解されるところ(最高裁昭和51年(オ)第978号同52年4月19日第三小法廷判決・裁判集民事120号531頁参照),前記事実関係の下においては,本件遺言が成立した日は,押印がされて本件遺言が完成した平成27年5月10日というべきであり,本件遺言書には,同日の日付を記載しなければならなかったにもかかわらず,これと相違する日付が記載されていることになる。しかしながら,民法968条1項が,自筆証書遺言の方式として,遺言の全文,日付及び氏名の自書並びに押印を要するとした趣旨は,遺言者の真意を確保すること等にあるところ,必要以上に遺言の方式を厳格に解するときは,かえって遺言者の真意の実現を阻害するおそれがある。したがって,Aが,入院中の平成27年4月13日に本件遺言の全文,同日の日付及び氏名を自書し,退院して9日後の同年5月10日に押印したなどの本件の事実関係の下では,本件遺言書に真実遺言が成立した日と相違する日の日付が記載されているからといって直ちに本件遺言が無効となるものではないというべきである。

5 以上によれば,本件遺言を無効とした原審の前記判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。この点に関する論旨は理由があり,原判決中本訴請求に関する部分は破棄を免れず,本件遺言のその余の無効事由について更に審理を尽くさせるために,これを原審に差し戻すのが相当である。そして,本件の反訴請求は,上告人Y2らが,被上告人らに対し,本訴請求において本件遺言が無効であると判断された場合に,予備的に,死因贈与契約の成立の確認等を求めるものであるところ,本訴請求について原判決が破棄差戻しを免れない以上,反訴請求についても当然に原判決は破棄差戻しを免れない。

よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。

平成23(許)25 遺産分割審判に対する抗告審の変更決定に対する許可抗告事件

平成24年1月26日 最高裁判所第一小法廷

主 文

原決定を破棄する。

本件を大阪高等裁判所に差し戻す。

理 由

抗告代理人山田俊介,同関根良平の抗告理由について

1 本件は,Aの共同相続人である抗告人らと相手方らとの間におけるAの遺産の分割申立て事件である。

2 原審の確定した事実関係の概要は,次のとおりである。

(1) 相手方Y1はAの妻であり,相手方Y2及び同Y3はAと同Y1との間の子であり,抗告人ら3名はAと先妻との間の子である。

(2) Aは,平成17年12月23日に死亡した。Aの法定相続人は,相手方ら及び抗告人らである。

(3) 本件において遺産分割の対象となるAの遺産(以下「本件遺産」という。)は,現金3020万円並びに原々審判別紙遺産目録記載の株式及び宝飾品である。

(4) Aは,平成16年10月から平成17年12月にかけて,相手方Y2に対し,生計の資本として,株式,現金,預貯金等の贈与(以下「本件贈与」という。)をするとともに,Aの相続開始時において本件贈与に係る財産の価額をその相続財産に算入することを要しない旨の意思表示(以下「本件持戻し免除の意思表示」という。)をした。

(5) Aは,平成17年5月26日,相手方Y1の相続分を2分の1,その余の相手方らの相続分を各4分の1,抗告人らの相続分を零と指定する旨の公正証書遺言(以下「本件遺言」という。)をした。

(6) 抗告人らは,平成18年7月から9月までの間に,相手方らに対し,遺留分減殺請求権を行使する旨の意思表示(以下「本件遺留分減殺請求」という。)をした。

3 原審は,上記事実関係の下において,本件遺留分減殺請求により,① 本件遺言による相続分の指定が減殺され,法定相続分を超える相続分を指定された相続人の指定相続分が,その法定相続分の割合に応じて修正される結果,相手方Y1の相続分が2分の1,その余の相手方らの相続分が各40分の7,抗告人らの相続分が各20分の1となり,② 本件持戻し免除の意思表示は,抗告人らの遺留分を侵害する合計20分の3の限度で失効するとした上,民法903条1項の規定により,本件贈与に係る財産の価額を上記の限度で本件遺産の価額に加算したものを相続財産とみなし,これに上記①のとおり修正された相続分の割合を乗じ,相手方Y2の相続分から上記のとおり本件遺産の価額に加算した本件贈与に係る財産の価額を控除して,抗告人ら及び相手方らの各具体的相続分を算定し,本件遺産を分割した。

4 しかしながら,原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。

(1) 前記事実関係によれば,本件遺言による相続分の指定が抗告人らの遺留分を侵害することは明らかであるから,本件遺留分減殺請求により,上記相続分の指定が減殺されることになる。相続分の指定が,特定の財産を処分する行為ではなく,相続人の法定相続分を変更する性質の行為であること,及び,遺留分制度が被相続人の財産処分の自由を制限し,相続人に被相続人の財産の一定割合の取得を保障することをその趣旨とするものであることに鑑みれば,遺留分減殺請求により相続分の指定が減殺された場合には,遺留分割合を超える相続分を指定された相続人の指定相続分が,その遺留分割合を超える部分の割合に応じて修正されるものと解するのが相当である(最高裁平成9年(オ)第802号同10年2月26日第一小法廷判決・民集52巻1号274頁参照)。

(2) ところで,遺留分権利者の遺留分の額は,被相続人が相続開始の時に有していた財産の価額にその贈与した財産の価額を加え,その中から債務の全額を控除して遺留分算定の基礎となる財産額を確定し,それに遺留分割合を乗ずるなどして算定すべきところ(民法1028条ないし1030条,1044条),上記の遺留分制度の趣旨等に鑑みれば,被相続人が,特別受益に当たる贈与につき,当該贈与に係る財産の価額を相続財産に算入することを要しない旨の意思表示(以下「持戻し免除の意思表示」という。)をしていた場合であっても,上記価額は遺留分算定の基礎となる財産額に算入されるものと解される。したがって,前記事実関係の下においては,上記(1)のとおり本件遺言による相続分の指定が減殺されても,抗告人らの遺留分を確保するには足りないことになる。

本件遺留分減殺請求は,本件遺言により相続分を零とする指定を受けた共同相続人である抗告人らから,相続分全部の指定を受けた他の共同相続人である相手方らに対して行われたものであることからすれば,Aの遺産分割において抗告人らの遺留分を確保するのに必要な限度で相手方らに対するAの生前の財産処分行為を減殺することを,その趣旨とするものと解される。そうすると,本件遺留分減殺請求により,抗告人らの遺留分を侵害する本件持戻し免除の意思表示が減殺されることになるが,遺留分減殺請求により特別受益に当たる贈与についてされた持戻し免除の意思表示が減殺された場合,持戻し免除の意思表示は,遺留分を侵害する限度で失効し,当該贈与に係る財産の価額は,上記の限度で,遺留分権利者である相続人の相続分に加算され,当該贈与を受けた相続人の相続分から控除されるものと解するのが相当である。持戻し免除の意思表示が上記の限度で失効した場合に,その限度で当該贈与に係る財産の価額を相続財産とみなして各共同相続人の具体的相続分を算定すると,上記価額が共同相続人全員に配分され,遺留分権利者において遺留分相当額の財産を確保し得ないこととなり,上記の遺留分制度の趣旨に反する結果となることは明らかである。

(3) これを本件についてみるに,本件遺留分減殺請求により本件遺言による相続分の指定が減殺され,相手方らの指定相続分がそれぞれの遺留分割合を超える部分の割合に応じて修正される結果,相手方Y1の指定相続分が52分の23,その余の相手方らの指定相続分が各260分の53,抗告人らの指定相続分が各20分の1となり,本件遺産の価額に上記の修正された指定相続分の割合を乗じたものがそれぞれの相続分となる。

次いで,本件遺留分減殺請求により本件持戻し免除の意思表示が抗告人らの遺留分を侵害する限度で失効し,本件贈与に係る財産の価額を,上記の限度で,遺留分権利者である抗告人らの上記相続分に加算する一方,本件贈与を受けた相手方Y2の上記相続分から控除して,それぞれの具体的相続分を算定することになる。

(4) 以上と異なる原審の前記判断には,裁判に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反があるというべきである。論旨は上記の趣旨をいうものとして理由があり,原決定は破棄を免れない。そして,以上説示したところに従い,更に審理を尽くさせるため,本件を原審に差し戻すこととする。

よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり決定する。

平成31年(許)第1号 婚姻費用分担審判に対する抗告審の取消決定に対する許可抗告事件

令和2年1月23日 第一小法廷決定


主 文

原決定を破棄する。

本件を札幌高等裁判所に差し戻す。

理 由

抗告代理人友澤太郎,同櫻井健太郎,同大島由依の抗告理由について

1 記録によれば,本件の経緯は次のとおりである。

(1) 妻である抗告人は,平成30年5月,夫である相手方に対し,婚姻費用分担調停の申立てをした。

(2) 抗告人と相手方との間では,平成30年7月,離婚の調停が成立した。同調停においては,財産分与に関する合意はされず,いわゆる清算条項も定められなかった。

(3) 上記(1)の婚姻費用分担調停事件は,上記(2)の離婚調停成立の日と同日,不成立により終了したため,上記(1)の申立ての時に婚姻費用分担審判の申立て(以下「本件申立て」という。)があったものとみなされて(家事事件手続法272条4項),審判に移行した。

2 原審は,要旨次のとおり判断し,抗告人の相手方に対する婚姻費用分担請求権は消滅したから,離婚時までの婚姻費用の分担を求める本件申立ては不適法であるとして,これを却下した。

婚姻費用分担請求権は婚姻の存続を前提とするものであり,家庭裁判所の審判によって具体的に婚姻費用分担請求権の内容等が形成されないうちに夫婦が離婚した場合には,将来に向かって婚姻費用の分担の内容等を形成することはもちろん,原則として,過去の婚姻中に支払を受けることができなかった生活費等につき婚姻費用の分担の内容等を形成することもできないというべきである。そして,当事者間で財産分与に関する合意がされず,清算条項も定められなかったときには,離婚により,婚姻費用分担請求権は消滅する。

3 しかしながら,原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。

民法760条に基づく婚姻費用分担請求権は,夫婦の協議のほか,家事事件手続法別表第2の2の項所定の婚姻費用の分担に関する処分についての家庭裁判所の審判により,その具体的な分担額が形成決定されるものである(最高裁昭和37年(ク)第243号同40年6月30日大法廷決定・民集19巻4号1114頁参照)。また,同条は,「夫婦は,その資産,収入その他一切の事情を考慮して,婚姻から生ずる費用を分担する。」と規定しており,婚姻費用の分担は,当事者が婚姻関係にあることを前提とするものであるから,婚姻費用分担審判の申立て後に離婚により婚姻関係が終了した場合には,離婚時以後の分の費用につきその分担を同条により求める余地がないことは明らかである。しかし,上記の場合に,婚姻関係にある間に当事者が有していた離婚時までの分の婚姻費用についての実体法上の権利が当然に消滅するものと解すべき理由は何ら存在せず,家庭裁判所は,過去に遡って婚姻費用の分担額を形成決定することができるのであるから(前掲最高裁昭和40年6月30日大法廷決定参照),夫婦の資産,収入その他一切の事情を考慮して,離婚時までの過去の婚姻費用のみの具体的な分担額を形成決定することもできると解するのが相当である。このことは,当事者が婚姻費用の清算のための給付を含めて財産分与の請求をすることができる場合であっても,異なるものではない。したがって,婚姻費用分担審判の申立て後に当事者が離婚したとしても,これにより婚姻費用分担請求権が消滅するものとはいえない。

4 以上と異なる見解の下に,本件申立てを却下した原審の判断には,裁判に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は理由があり,原決定は破棄を免れない。そして,更に審理を尽くさせるため,本件を原審に差し戻すこととする。

よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり決定する。